はじめに──法人営業で「最初に理解すべきこと」
法人営業に携わっている方に質問があります。あなたは、営業先の企業がどうやって成長しているか、説明できますか?
製品の機能は詳しく知っている。競合との比較もできる。でも、お客様の企業がどういう戦略で成長しようとしていて、そのために誰がどんな役割を果たしているか──ここまで理解して営業している人は、意外と少ないのではないでしょうか。
私は外資系IT企業で30年間、法人営業に携わってきました。SAP、Adobe、Qlik、Sitecoreといった企業でカントリーマネージャーを務める中で、数多くの案件を見てきました。その経験から断言できることがあります。
法人営業で成果を出すために絶対に理解しなければならないこと。それは「企業の成長の仕組み」と「イネーブラー」の存在です。
企業はどうやって成長しているのか
企業の成長プロセスを、シンプルに整理してみましょう。
まず、企業は過去のビジネスを振り返ります。どの事業がうまくいっていて、どこに課題があるのか。市場環境の変化も考慮しながら、伸ばすべき領域と撤退すべき領域を見極めます。
その分析をもとに、中期経営計画やビジネス目標が設定されます。そして、その目標は各事業部に落とし込まれ、事業部ごとのKPIとして具体化される。
ここまでは、法人営業を経験している方であれば感覚的に理解されていると思います。実際、多くの営業研修でもこの部分は教えられています。
しかし、重要なのはこの先です。
設定されたKPIを達成するために、各事業部の中で実際に動いている人たちがいます。それぞれの得意領域を持ち、会社の目標達成に向けて日々取り組んでいる。この人たちの存在を意識できるかどうかが、法人営業における大きな分岐点になります。
「イネーブラー」という存在
各事業部で企業目標を達成するために奮闘している人たち──私はこの人たちのことを「イネーブラー」と呼んでいます。
イネーブラーという概念は、法人営業の世界ではまだあまり浸透していません。多くの営業研修では「決裁者を見つけろ」「キーパーソンにアプローチしろ」と教えます。もちろん、それも間違いではありません。
ですが、私の30年の経験から言えば、案件を前に進める本当の力は、決裁者よりもイネーブラーにあることが多いのです。
なぜか。
イネーブラーには明確なミッションがあります。事業部の目標を達成するために、具体的な課題を抱え、その解決策を常に探しています。彼らは自分の業務に直結する価値提案に対して、非常に感度が高い。そして何より、社内で「この施策を進めたい」と声を上げる動機を持っている。
決裁者は最終的に判子を押す人ですが、その判断材料を整え、社内の合意を形成し、稟議を通す実務を担っているのはイネーブラーなのです。
なぜ日本企業では特にイネーブラーが重要なのか
日本企業の意思決定プロセスを考えてみてください。
欧米企業であれば、決裁者が「これでいく」と言えば進むケースも少なくありません。トップダウンの意思決定が機能しやすい組織構造だからです。
一方、日本企業は合議制が基本です。稟議制度に代表されるように、複数の関係者の合意を得て初めて物事が動きます。決裁者一人をいくら説得しても、周囲の合意がなければ案件は進みません。
このとき、社内で推進力を発揮してくれるのがイネーブラーです。
イネーブラーは自分のミッションと結びつけて、なぜこのソリューションが必要なのかを社内で説明できます。関連部署との調整も、自分事として進めてくれる。営業にとって、これほど心強い存在はありません。
私が外資系IT企業でカントリーマネージャーを務めていた頃、うまく進む案件を分析すると、ほぼ例外なく社内に強力なイネーブラーがいました。逆に、経営層だけにアプローチして進めようとした案件は、途中で「社内調整中です」という言葉とともに停滞するパターンが繰り返されました。
営業がイネーブラーを見つけるためにやるべきこと
では、営業としてイネーブラーをどう見つければよいのか。
最初のステップは、その企業の成長戦略を理解することです。上場企業であればIR情報、決算説明資料、中期経営計画が公開されています。非上場企業でも、ニュースリリースや業界レポートから方向性を把握できます。
成長戦略が分かれば、「この事業部が今、力を入れているはずだ」「この領域で課題を抱えている人がいるだろう」という仮説が立てられます。
次に、自社の製品やサービスが、その仮説上のイネーブラーにとってどのような価値を持つかを考えます。イネーブラーが達成したいことに対して、自社のソリューションが具体的にどう貢献できるのか。この接点を見つけることが、アプローチの起点になります。
ここで大切なのは、製品の機能説明から入らないことです。「あなたの事業部が取り組んでいるテーマについて、こんな仮説を持っているのですが」──こういう切り出し方ができると、イネーブラーとの対話は一気に深まります。
「売り込み」から「伴走」へ
イネーブラーのやりたいことを理解し、そこに自社のリソースを提供できるとき、営業の性質が変わります。
「売り込み」から「伴走」へ。
イネーブラーにとって、自分の課題を正確に理解し、その解決に本気で取り組んでくれるパートナーは貴重な存在です。製品を売りたいだけの営業は山ほどいますが、自分のミッション達成を一緒に考えてくれる営業は滅多にいない。
だからこそ、企業の成長構造を理解し、イネーブラーの立場で物事を考えられる営業は、信頼を得られます。
「あなたがやりたいこと、私たちの力で一緒に実現しませんか」
この一言が本心から出てくるようになったとき、法人営業のステージが変わります。
まとめ
法人営業で成果を出すための第一歩は、企業の成長の仕組みを理解すること。そして、その成長を現場で推進している「イネーブラー」を見つけ、彼らのミッション達成を支援すること。
決裁者へのアプローチも重要ですが、それだけでは日本企業の合議制の壁を越えられません。イネーブラーと共に歩む営業スタイルこそが、持続的な成果につながると私は考えています。
あなたの営業先にいるイネーブラーは誰か。その人が今、何を達成しようとしているか。次の訪問の前に、ぜひ考えてみてください。


