営業手法2026-03-07・ 読了 7

エンタープライズ案件が進まない本当の理由——予算サイクルとイネーブラーという視点

酒井 秀樹
酒井 秀樹
代表取締役 / B2Bセールスコンサルタント
エンタープライズ案件が進まない本当の理由——予算サイクルとイネーブラーという視点

エンタープライズ営業で「案件が動かない」という経験は誰にでもある

B2B営業、特にエンタープライズ(大企業向け)の営業をやっていると、「話は続いているのに、全然前に進まない」という状況に何度も直面する。

ミーティングをすればなんとなく手応えはある。担当者も関心を持ってくれている。でも次の一手が見えず、気づけば半年が過ぎている。こんな経験に覚えがある方は多いのではないだろうか。

私も外資系IT企業で若い頃営業をしていたときや、セールスディレクターとして営業担当と一緒に営業活動をしていたとき、何度もこのような状況に陥った。そして当時の自分は、その原因を「顧客の温度感が低いのかもしれない」とか「競合に負けているかもしれない」「顧客が忙しのかもしれない」というようなところに求めていた。でも実際には、もっと構造的な理由もあった。

実は「顧客の予算プロセスを理解できていなかった」——そういうことが多かった。


エンタープライズ購買に欠かせない「予算化」という壁

企業が高額な製品やサービスを導入するとき、担当者が「これはいい」と思っても、その翌日に発注できるわけではない。企業にはそれなりの購買プロセスがある。

これまで何度も説明してきているが、まず社内で企画を立て、費用対効果を示す。次に上長に承認を取り付け、最終的には経営層や購買部門を通じて予算として確定させる。このプロセスは企業によって若干異なるが、購買に関するコンプライアンスが厳しくなってきていることもあり、共通化してきていると感じている。そして「このプロセスには相応の時間がかかる」ということだ。

そして、多くの企業では翌会計年度に使う予算を、前の会計年度が終わる前に確定させている。

4月始まりの会計年度の企業であれば、翌年度(4月〜3月)の予算は、前年の11月から2月あたりに大まかな方向性が決まり、3月末の年度末に向けて確定していくことが多い。つまり1月に「来期の予算で検討してください」と言っても、その予算枠はすでに埋まっている可能性がある。

これを知らずに営業をするのは、電車のダイヤを知らずにホームで待つようなものだ。どんなに一生懸命フォローしても、相手の社内プロセスが変わるわけではない。企業は企業の理由で動いている。営業の理由では動かない。


重要なことは「今どこにいるか」を知ることが、エンタープライズ営業の基本

だとすれば、営業担当者として何を意識すべきか。

答えはシンプルだ。「この案件は、顧客の予算サイクルのどのあたりにいるか」を常に把握することだ。

予算化の話がまだ始まっていない段階なのか、社内で企画が動き始めているのか、すでに予算申請が上がっているのか。誰がどのような役割で関わっているのか、この状況把握なしに、営業のアクションプランは立てられない。

特に注意が必要なのは、「興味を示してくれているが、予算の話が一切出てこない」という状態だ。これは、まだ予算化のプロセスが始まっていないサインかもしれない。担当者レベルでは関心を持っていても、社内の上位層が動いていなければ、予算は取れない。もしくは、単なる興味本意なのかもしれない。

では、どうやってこの状況を把握し、案件を前に進めるか。ここで登場するのが「イネーブラー」という存在だ。


イネーブラーとは——変革の意志を持った社内人物

「イネーブラー」とは、変革を推進したい個人的な動機を持った、顧客企業内の人物のことだ。

「今の営業プロセスを変えたい」「部門のパフォーマンスをもっと上げたい」「デジタル化を進めて評価されたい」——こうした個人的なモチベーションを持っている。だから彼・彼女は外部のベンダーとも積極的に話をしようとするし、社内で変革のための予算を取りに動こうとする。

日本の大企業では、意思決定が複数の部署・複数の階層にまたがることが多い。正式な「決裁者」に直接アプローチしても、なかなか動かないのはそのためだ。一方で、その組織の中で「変えたい」という意志を持って動いている人物——イネーブラー——は、その複雑な意思決定プロセスの中を自分の足で動いてくれる。

長年の経験から言えることは、「決裁者よりイネーブラーを先に見つけるべき」ということだ。

決裁者は確かにYes/Noを最終判断する人だ。でも彼らは多忙で、現場に深入りすることは稀だ。新しいことを始めるためには、エネルギーが必要だ。そのエネルギーを引き出す役割を担うのが、イネーブラーなのだ。


イネーブラーを見つける方法

では、実際にイネーブラーをどうやって見つけるのか。いくつかのヒントを挙げてみたい。

まず、「現状の問題点を率直に話してくれる人」に注目することだ。顧客との打ち合わせで、「実は今のやり方だとここが課題で……」と具体的に話してくれる人は、何かを変えたいというモチベーションを持っていることが多い。

次に、「こちらの質問に対して考えながら深く答えてくれる人」だ。形式的な受け答えではなく、自分の意見として話してくれる人は、その問題を自分ごととして捉えている。

また、「会議で積極的に発言する人」も手がかりになる。沈黙が多い会議の中で、自分から意見を言ったり質問したりする人は、その場のテーマに対して個人的な関心を持っていることが多い。

もう一つ加えるとすれば、「役職よりも動機で判断すること」だ。役員クラスでなくても、課長・部長クラスの人物がイネーブラーとして機能することは非常に多い。肩書きよりも「変えたい」という意志があるかどうかを見ることが重要だ。


イネーブラーへの支援——「売る」ではなく「一緒に動く」

イネーブラーを見つけたら、次にやることは「支援する」ことだ。

ここで多くの営業担当者がやりがちなのは、「よし、この人にプレゼンを打ち込もう」という発想だ。でも、それは支援ではなく売り込みだ。

イネーブラーへの支援とは、「彼・彼女が社内で動きやすくなるための材料を提供すること」だ。一緒になって課題解決に協力することを態度で示すことだ。

例えば、社内提案に使えるロジックの整理を一緒に行う。経営層に説明するための費用対効果の資料作りを手伝う。他社での導入事例を整理して、社内での説得材料にしてもらう。

これらはすべて、「イネーブラー自身が社内を動かすための支援」だ。外部の営業担当者が社内に乗り込んでいくのではなく、社内に味方を作り、その人に動いてもらう。これが、日本の大企業での案件推進の現実的なアプローチだと思っている。

私が経験したある案件では、半年以上止まっていたものが、社内で異動してきた課長の存在で急に動き始めた。前の部署でデジタル化を経験していた彼は、「ここで新しいことをやりたい」という強い動機を持っていた。私はその人との対話を重ね、彼が社内で予算申請をするための資料整理を一緒に行った。それが案件を前進させる鍵だった。


まとめ:予算サイクルとイネーブラーを意識した営業に変える

エンタープライズ営業で案件を進めるためには、二つのことを意識する必要がある。

一つは、「顧客の予算サイクルを理解すること」だ。翌会計年度の予算は前年度末に確定するという基本を知り、自分が担当する案件が今どのフェーズにいるかを常に把握する。

もう一つは、「イネーブラーを見つけ、支援すること」だ。変革の意志を持った社内人物を特定し、彼・彼女が社内で動けるよう伴走する。これが、複雑な意思決定構造を持つエンタープライズ案件を前進させる最も現実的な方法だ。

今担当している案件を改めて見直してみてほしい。予算サイクルのどこにいるか、分かっているだろうか。そして、社内で動いてくれているイネーブラーがいるだろうか。この二つを確認するだけで、次のアクションがクリアになってくるはずだ。


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酒井 秀樹
酒井 秀樹
代表取締役 / B2Bセールスコンサルタント

大学卒業後、日本総研に入社。その後、SAP、Adobe、Qlik、Sitecore、Tealiumをはじめとする各分野のリーダー企業で30年以上にわたり、カントリーマネージャー、セールスディレクター等を歴任。その豊富な経験を生かし、セールストレックを創業。BECQAフレームワークを開発。

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