担当者は乗り気なのに、なぜか案件が止まる。予算が降りない。承認が通らない——B2Bエンタープライズ営業を長くやっていれば、一度や二度では済まない経験のはずだ。問題は担当者の熱量ではない。提案の「刺さり方」でもない。多くの場合、原因は提案の構造にある。経営目標からソリューションまで、一本の線が通っているかどうか。この記事では、私が30年の法人営業の実践の中で整理してきた「6層の整合チェック」を使って、提案が組織の上位まで届く状態をどう作るかを解説する。
「刺さる」と「通る」はまったく別の話だ
担当者の熱量が、組織には伝わらない
法人営業をやっていると、こういう場面に何度もぶつかる。
担当者との商談はうまくいっている。課題感も共有できている。デモへの反応も良く、「ぜひ前向きに検討したい」とまで言ってもらえた。なのに、そこから先が進まない。「社内で調整しています」というメッセージが続いて、気づけば案件が失速している。
これは担当者が嘘をついているわけでも、社内の優先順位が変わったわけでもないことが多い。構造的な問題だ。
担当者が感じた「この提案はうちに必要だ」という感覚を、その上の意思決定者に伝えようとすると、「なぜ今これが必要なのか」「会社として今取り組んでいることとどう繋がるのか」という問いに、答えられない状態になっている。担当者の熱量は本物でも、その熱を組織の上に届ける「論理の橋」が、提案の中に存在していないのだ。
「担当者の課題」と「組織の優先事項」のあいだにある溝
誤解を恐れずに言うと、担当者に「刺さる」提案は、実は比較的作りやすい。担当者の困りごとを丁寧に聞いて、それに対応するソリューションを提示すればいい。
しかし、「組織として通る」提案はまったく別の話だ。担当者の課題が、その部門の戦略と結びついているか。部門の戦略が、経営課題と繋がっているか。経営課題が、会社が目指す経営目標に紐づいているか。この接続が切れているところがあると、担当者が社内を説得しようとしても、論理が途中で止まってしまう。
私が外資系IT企業でカントリーマネージャーを務めていた頃、「担当者は熱心だったのに、経営層から見ると優先事項ではなかった」という失注パターンを何度も経験してきた。そのたびに痛感してきたのが、この「刺さる」と「通る」の違いだった。
6層の整合チェックとは何か
経営目標から始めなければ、話は成立しない
整合チェックの出発点は、顧客の経営目標だ。「この会社は今、どこを目指しているのか」——売上の拡大なのか、コスト構造の改革なのか、新市場への参入なのか。これが起点でなければ、そもそも話が成立しない。
ところが実際の営業現場では、多くの場合この確認が抜けている。担当者と会ってニーズを聞き、自社ソリューションを提示する、というプロセスが先に走ってしまう。これだと、せいぜい「担当者の課題解決」にしかなれない。
第1層は経営目標。第2層は経営課題——つまり、その目標を達成するために会社として今何に取り組んでいるか、だ。目標と課題は混同されやすいが、整理すると「目標=ゴール」「課題=そこに至る道のりで直面している障壁」だ。ゴールは一つでも、それに向かう道のりで企業が直面している課題は複数あることが多い。
事業部レベルに落とし込んで初めて提案の射程が決まる
第3層は、対象事業部の課題だ。会社全体の経営課題を、その事業部がどう「自分たちの話」として受け取っているか。経営の言葉と現場の言葉はしばしばずれる。そのずれを埋めないまま提案すると、担当者には響いても経営には届かない、あるいは経営には整合していても担当者の実感とはかけ離れている、という状況が生まれる。
第4層は、対象事業部の戦略だ。その事業部が、自分たちの課題をどうやって解決しようとしているのか。アプローチ、方向性、優先順位——ここを押さえていないと、「良い話だが今うちがやろうとしていることとは違う」という反応が返ってくる。これは提案の質の問題ではなく、タイミングと方向性の整合の問題だ。
第5層は、対象事業部が戦略を実行する上で直面している想定課題だ。この層は複数あって当然だし、すべてを網羅する必要もない。ただ、「どの課題に対して自分たちは貢献できるのか」を明確にするためには、この層を無視できない。
そして第6層が、自社ソリューションの適合可能性だ。自分が持っているソリューションの中で、この事業部の戦略と課題を支援できるものはどれか。「売りたいもの」ではなく「支援できるもの」という視点で選ぶ。ここがずれると、ソリューションの良し悪しではなく「そもそも方向性が違う」という評価になってしまう。
チェックの本質は「ずれ探し」だ
一層でも切れると、上には届かない
この6層は、単なるチェックリストではない。上から下へ、論理的に接続されているかを確認するためのツールだ。
たとえば、こんなずれが起きていないか、一度立ち止まって考えてみてほしい。
事業部の課題は捉えているが、それが経営課題とどう繋がるかが不明。自社ソリューションの話はしているが、事業部の戦略に沿っているかどうかが曖昧。担当者の「困りごと」は丁寧に聞けているが、それが経営目標に紐づいているかを確認していない。
どこか一層でも線が切れていると、提案は上位の意思決定者に届かない。担当者がどんなに熱心に社内を説得しようとしても、その論理は組織の壁を越えられない。
実際、私が担当してきた案件の中で、「担当者は熱量があったのに承認が降りなかった」というケースを振り返ると、ほぼ例外なく、この6層のどこかに「切れ目」があった。第2層と第3層のあいだ——つまり、経営課題と事業部の課題の接続——が弱いことが特に多かった印象だ。
「なぜ今これが必要か」を自明にする状態を作る
逆に、6層が整合されている状態で提案できると、何が変わるか。
担当者が説得のための資料を別途作る必要がなくなる。提案書そのものが、経営目標から始まってソリューションまでを一本線で繋いでいるから、上位の意思決定者にとっても「なぜ今これが必要か」が自明になる。承認のハードルが、構造的に下がるのだ。
BECQAフレームワークの観点で言えば、この整合チェックは「ビジネスアキュメン(Business Acumen)」——つまり顧客のビジネスを深く理解する力——が問われる部分だ。担当者の課題だけを見ていては不十分で、組織全体の文脈でその課題を捉える視点が求められる。(BECQAのビジネスアキュメンについて詳しくはこちら)
「一本線」は発見するものではなく、構築するものだ
情報収集→仮説→確認、というサイクルで積み上げる
ここで一つ、現場感覚として伝えておきたいことがある。
6層の整合は、商談の最後に確認するものではない。話しながら、能動的に構築していくものだ。
初回ミーティングで経営目標と経営課題を確認する。次のミーティングで事業部の戦略と課題を深掘りする。その間に自分で仮説を立てて、次の会話で確認する。これを繰り返しながら、少しずつ線を引いていくイメージだ。
「お客様がどこを目指しているか」を最初から完全に把握できることはほとんどない。仮説を持ちながら、対話の中で精度を上げていく。そういうプロセスを意識的に設計しているかどうかが、提案の質を分ける。
イネーブラーと一緒に線を引く
もう一点、実践上の重要なポイントを加えておく。
この6層の整合を、自分だけで完成させようとしないことだ。特に、顧客側でこのプロジェクトを推進しているキーパーソン——私がBECQAでイネーブラーと呼ぶ存在——と一緒に確認しながら構築していくことが、現実的には最も有効だ。
イネーブラーは、社内の文脈を一番よく知っている。経営課題が自分たちの部門にとってどう解釈されているか、どの戦略に今もっとも優先度が置かれているか——そうした情報は、外部の営業が単独でリサーチしても限界がある。イネーブラーと一緒に「なぜこの提案が今必要なのか」を整理していく会話を重ねることで、6層の整合は格段に精度が上がる。
そしてその過程自体が、担当者との信頼関係を深める。「この営業は自分たちのビジネスを理解しようとしている」という認識が、関係を単なる商談の枠を超えたものにしていく。
提案設計の起点を変える
「売りたいもの」から「支援できるもの」へ
6層の整合チェックで最も難しいのは、第6層だ。正確に言うと、難しいというよりも「判断が試される」と言ったほうがいい。
自社のソリューションを「売りたいもの」として見るのではなく、「この顧客の、この戦略と課題に対して、支援できるものはどれか」という視点で選び直す。
これは、場合によっては「今回は自社のソリューションでは支援できない」という判断も含む。実際、私の経験の中でも、提案の途中でそう判断して、正直にお客様にお伝えしたことがある。そうすることで信頼が深まり、別の機会に繋がったケースもあった。短期的な案件の大きさより、長期的な関係の質を取る。これは6層の整合チェックを真剣にやっていると、自然に行き着く考え方だ。
「提案の通り方」を設計するということ
提案書のクオリティ、プレゼンの完成度、担当者との関係——これらは当然大切だ。ただ、それらが整っていても案件が止まる現実がある。その根っこにある問いは、「提案が、組織の意思決定ロジックに乗っているか」だ。
経営目標から始まって、経営課題、事業部の課題、事業部の戦略、具体的な想定課題、そして自社ソリューション——この6層が一本線で繋がっているとき、担当者が社内を説得する必要すら減っていく。提案書そのものが、社内を動かすための論理を内包しているからだ。
「刺さり方」ではなく「通り方」を設計する。その起点が、この6層の整合チェックだ。
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