「戦略を立てた。でも現場が動かない」
B2Bエンタープライズセールスの現場でも、経営会議でも、よく耳にする話だ。そしてその原因のほとんどは、戦略の中身ではなく、戦略の「分解」が足りていないことにある。
30年の法人営業経験の中で、戦略が"絵に描いた餅"で終わるケースを何度も見てきた。分析は丁寧で、方向性も正しい。それでも組織が動かない。なぜか。戦略が「誰が・何を・明日どうするか」というレベルまで落ちていないからだ。
この記事では、あえて身近な「家計」を例に使いながら、戦略の分解構造を整理する。そのうえで、B2Bエンタープライズセールスへの示唆まで展開したい。戦略立案に関わる営業マネージャーや営業企画担当者はもちろん、顧客の組織を動かすことに課題を感じている営業担当者にも、明日から使える視点を届けたい。
ギャップを直視することが、戦略の出発点になる
「目標」と「現実」の差に向き合うこと
家計の目標は「今月50万円の貯金」。ところが去年の実績は「30万円の赤字」だった。
この数字を並べたとき、多くの人は「大変だな」と感じる。でも、ここで止まってしまう組織が意外に多い。ギャップを認識しながらも、そこから戦略の構造を組み立てるところまで進まない。
大切なのは、ギャップを「感情的な問題」としてではなく、「構造的な問題」として捉え直すことだ。「去年は30万円の赤字だった、今月は50万円の黒字にしたい」という80万円のギャップは、ただの数字の差ではない。そこには「打つべき手」の方向性が隠れている。
ギャップ分析が「戦略の骨格」を自然に生む
このギャップを分析すると、取るべき戦略の軸が自然に浮かび上がってくる。
- 支出を削減しなければならない
- 新たな収益機会を生まなければならない
この2軸が、家計における戦略の骨格だ。難しい理論は必要ない。ギャップを直視して、「何が足りないか」「何を変えなければならないか」を考えれば、戦略の方向性は自然に出てくる。
ここまでは、多くの人が頭でわかっている。問題はここから先だ。
戦略を「誰が・何を・どうやって」に落とす
戦略は"自分ごと"に翻訳されて初めて行動になる
家計には夫と妻がいる。「支出削減と収益増が必要だ」という戦略を、この2人にそのまま渡しても人は動かない。なぜか。「自分が何をすればいいか」が見えていないからだ。
これはB2Bの組織でもまったく同じだ。「今期の重点戦略は顧客単価の向上と新規開拓の推進」と言われても、営業担当者はその瞬間に「で、明日の朝、俺は何をすればいいんだ?」と思っている。戦略が自分の業務に直接結びつかない限り、人は動かない。
目標が「具体的な数字」になっていること
夫の目標は「月1万円の支出削減」、戦略は「支出項目の洗い出しと見直し」。妻の目標は「毎月5万円の収入獲得」、戦略は「近所でパート就労」。
ここで重要なのは、目標が具体的な数字になっていることだ。「削減しよう」ではなく「1万円削減」、「稼ごう」ではなく「5万円獲得」。曖昧な目標は、曖昧な行動しか生まない。
目標戦略夫月1万円の支出削減支出項目の洗い出しと見直し妻月5万円の収入獲得近所でパート就労
数字があるから、行動が評価できる。評価できるから、改善ができる。戦略を個人の目標に落とし込む際、この「数字への翻訳」を省略してはいけない。
そして「課題」レベルまで降りていく
多くの組織が止まってしまう、最後の一段
目標と戦略を決めた後、「では明日、具体的に何をするか」が定義されていない——これが戦略が機能しない本当の理由だ。
「支出を削減しよう」という方向性は合意できた。でも月曜日の朝、夫は何を開けばいいのか。どの契約を見ればいいのか。何から手をつければいいのか。この「次のアクション」が定義されていない限り、戦略は机の上に置き去りになる。
ここが、多くの組織が止まってしまうところだ。
課題は「次の交差点」に相当する
夫の「支出項目の洗い出しと見直し」という戦略を実行するための課題を具体化するとこうなる。
- サブスクリプションの契約を見直す
- スマートフォンのキャリアを変更する
妻の「近所でパート就労」という戦略に紐づく課題はこうだ。
- 近隣のパート求人を調査する
- 保育園の空き状況を確認し確保する
戦略が「進むべき方向」だとすれば、課題は「地図上の次の交差点」に相当する。交差点が示されて初めて、人は実際に歩き始める。
構造として全体をつなげる
「一本の線」でつながっているか
戦略の分解を構造として整理すると、こうなる。
家計全体の目標(50万円の貯金)
└ ギャップ分析(現状 vs 目標)
└ 戦略の2軸(支出削減 / 収益創出)
├ 夫の目標・戦略(1万円削減 / 支出見直し)
│ └ 具体的な課題(サブスク見直し・キャリア変更)
└ 妻の目標・戦略(5万円獲得 / パート就労)
└ 具体的な課題(求人調査・保育園確保)
上位の意図が、個人の行動レベルまで一本の線でつながっている。どこかの層が欠けると、戦略は"お題目"で終わる。
「どこが切れているか」を見つける視点
組織の戦略がうまく機能していないとき、この構造のどこかに「断絶」がある。全体目標はあるが、個人の目標に落ちていない。個人の目標はあるが、課題レベルのアクションに落ちていない。アクションは決まっているが、上位の戦略と紐づいていない。
私がB2Bエンタープライズの営業組織に関わる中で実感しているのは、この断絶が最も多く発生するのは「目標から課題へ」の階層だということだ。戦略と目標まで作り込んでも、「じゃあ今週何をするか」が曖昧なまま現場に渡されるケースが多い。
B2Bセールスへの示唆——顧客の戦略も同じ構造で見る
クライアントの課題を「上位の戦略」と紐づける
この分解構造は、自社の営業戦略だけに当てはまるわけではない。むしろ、顧客の組織を理解するレンズとしても、極めて有効だ。
B2Bエンタープライズの顧客には、経営目標がある。部門の目標がある。そして担当者レベルの課題がある。私たちが会話すべき「課題」は、必ずその上位の戦略・目標と紐づいていなければならない。
たとえば、担当者から「現在のシステムが使いにくい」という課題を聞いたとき、そこで止まってしまう営業が多い。でも本当に聞くべきことは、「その課題は、部門のどんな目標と紐づいていますか?」「その目標は、会社全体のどんな戦略から来ていますか?」という問いだ。
これがわかると、商談の「本質的な意味」が見えてくる。担当者の使いにくさが、実は顧客企業の顧客体験改善という経営目標と直結していたとすれば、提案の重みがまったく変わる。
この「顧客の課題を上位の戦略と紐づける」アプローチは、BECQAフレームワークにおける診断型質問の核心でもある。担当者レベルの表面的な課題から、組織全体の戦略的な意味を引き出す技術は、体系的に鍛えることができる。
「戦略が分解されているか」を確認する問い
顧客の組織内で、戦略が適切に分解されているかどうかを確認するシンプルな問いがある。
「この課題に取り組む目的を、もう少し聞かせていただけますか?」
「この取り組みは、どんな上位の目標と紐づいていますか?」
「その目標は、誰が持っているものですか?」
これらの問いを重ねていくと、顧客の組織内での戦略の分解状況が見えてくる。そして多くの場合、担当者自身も「上位の戦略との紐づき」を明確に言語化できていないことに気づく。そのとき、一緒に整理するプロセスが、信頼の積み上げになる。
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戦略は分解してこそ、現実を動かす力を持つ。
全体目標からギャップ分析へ、戦略の2軸へ、個人の目標と戦略へ、そして具体的な課題へ。この一本の線が切れているところを見つけて、つなぎ直す。それが、戦略を"机の上の言葉"から"現場の行動"に変える唯一の方法だ。
あなたの組織の戦略は、今どこで「切れて」いるだろうか。



