営業手法2026-02-14・ 読了 7

なぜ日本のB2B営業で「意思決定者狙い」は失敗するのか ─ イネーブラー戦略の全貌

酒井 秀樹
酒井 秀樹
代表取締役 / B2Bセールスコンサルタント
なぜ日本のB2B営業で「意思決定者狙い」は失敗するのか ─ イネーブラー戦略の全貌

この記事で得られること

  • 欧米型B2B営業が日本で失敗する構造的な理由がわかる
  • 日本の組織で商談を動かす「イネーブラー(企画立案者)」の見極め方がわかる
  • イネーブラーの成功を支援する具体的なアクションがわかる
  • 欧米型と日本型を融合した実践的な営業フレームワークが手に入る

「Decision Makerを狙え」── その常識が通用しない国がある

外資系IT企業でB2B営業に携わって30年。私がキャリアを通じて最も強く感じてきたことがあります。

「欧米の営業メソッドは、そのままでは日本で通用しない」

外資系企業に入社すると、まず叩き込まれるのが「Decision Makerをターゲットにしろ」という原則です。意思決定者にリーチし、価値を伝え、クロージングする。欧米では極めて合理的なアプローチです。

しかし日本で同じことをやると、どうなるか。

部長にアポイントを取り、素晴らしいプレゼンをしても、返ってくる言葉は「検討します」。そして数週間後、「今回は見送りで」という連絡が来る。

この経験をした営業は、私だけではないはずです。

日本の組織はなぜ「意思決定者狙い」が効かないのか

欧米型組織と日本型組織の構造的な違い

欧米のB2B購買プロセスは比較的シンプルです。予算権限を持つ意思決定者が、ROIを判断し、「Yes」か「No」を下す。営業はその人物に対して価値を訴求すれば良い。

一方、日本の組織の意思決定には3つの特徴があります。

1. 稟議による合意形成

日本企業では、一人の判断で大きな予算が動くことは稀です。関連部門を巻き込んだ稟議プロセスを経て、全体の合意が形成されてはじめて意思決定に至ります。

2. 部門間調整の複雑さ

IT投資一つ取っても、情報システム部門、利用部門、経営企画、購買部門と、複数の部門が関わります。それぞれの部門が異なる視点と利害を持っており、全員の「No」を消していく作業が必要になります。

3. 根回し文化

正式な会議で決まる前に、非公式な場で関係者の理解と賛同を得ておく。この「根回し」が十分でないと、稟議は通りません。

これらの特性は弱点ではなく、日本の組織が長期的に安定した判断をするための知恵です。しかし営業にとっては、意思決定者だけをターゲットにしていては攻略できない構造であることを意味します。

意思決定者に直接アプローチするリスク

もう一つ見落とされがちなリスクがあります。日本の組織で意思決定者(部長・役員クラス)に営業が直接アプローチすると、現場の担当者が「頭越しにやられた」と感じることがあります。

結果として、本来は味方になるべき現場の推進者がモチベーションを失い、商談そのものが停滞するケースを、私は何度も見てきました。

イネーブラー戦略:日本のB2B営業を変えるアプローチ

イネーブラーとは何か

では日本の組織で、営業はどこにフォーカスすべきか。

私の答えは**「イネーブラー(企画立案者)」**です。

イネーブラーとは、顧客組織の中で次のような役割を果たす人物です。

  • 社内で課題を発見し、解決に心血を注いでいる
  • 組織を動かすために駆け回り、関係者の合意を取り付けている
  • 自分のキャリアをかけて変革を推進している

イネーブラーは必ずしも意思決定者ではありません。課長クラス、時には主任クラスの方が、組織変革を実質的にドライブしていることも珍しくありません。

イネーブラー vs. チャンピオン

欧米の営業メソッドでは「Champion(チャンピオン)」という概念があります。社内で製品やソリューションを推してくれる人物です。

イネーブラーとチャンピオンは似ていますが、決定的な違いがあります。

チャンピオンは「この製品が良い」と社内で推してくれる存在。つまり、製品の購入が前提です。

イネーブラーは「この課題を解決したい」という動機で動いている存在。製品はあくまで手段の一つです。

この違いは非常に重要です。イネーブラーにフォーカスすることで、営業は「製品を売り込む人」から「課題解決のパートナー」にポジションが変わるからです。

イネーブラーを見極める5つのシグナル

30年の経験から、イネーブラーには共通する特徴があります。

  1. 課題に対する当事者意識が強い ── 「誰かがやる」ではなく「自分がやる」という姿勢
  2. 社内の情報に詳しい ── 組織の力学、キーパーソン、予算サイクルを把握している
  3. 具体的な質問をしてくる ── 他社事例、導入スケジュール、ROIの算出方法など
  4. 社内説得用の資料を求める ── 稟議書に添付するデータ、他社の成功事例を欲しがる
  5. スケジュール感を持っている ── 「いつまでに決めたい」という期限意識がある

イネーブラーの成功を支援する具体的アクション

営業の役割は、イネーブラーに「売る」ことではなく、イネーブラーが社内で成功するための全力支援です。

1. 社内承認を勝ち取る「武器」を一緒に作る

イネーブラーが稟議を通すために必要なものを、一緒に準備します。

  • ROI試算: 定量的な投資対効果の計算
  • 競合比較表: 他社製品との客観的な比較
  • 導入事例: 同業他社の成功ストーリー
  • リスク対策: 想定されるリスクと対応策

これらは営業のためではなく、イネーブラーが社内の合意を得るための資料です。

2. 論理構成を一緒に考える

日本の稟議では「なぜこれが必要か」のストーリーが重要です。イネーブラーと一緒に、経営層に響く論理構成を組み立てます。

効果的な論理構成:

現状の課題(数値で示す)→ 放置した場合のリスク → 解決策の提示 → 期待される効果 → 投資対効果

3. 根回しのルートマップを共有する

「誰に、どの順番で、何を伝えるか」を一緒に整理します。これはBECQAフレームワークの「C(Close Plan)」に当たる部分です。

4. イネーブラーの「社内での評価」を意識する

最も重要なポイントです。イネーブラーがこのプロジェクトを推進することで、社内での評価が上がるように支援する。イネーブラーの成功は、営業の成功に直結します。

まとめ

日本のB2B営業で成果を出すためのポイントは明確です。

意思決定者を狙うのではなく、組織の中で課題解決に心血を注ぐ「イネーブラー」を見極め、その人の成功を全力で支援する。

欧米型のDecision Maker戦略が間違っているわけではありません。ただし、日本の組織文化という文脈では、そのままでは機能しない。稟議、合意形成、根回しという日本独自の意思決定プロセスを理解し、その中で最も影響力を持つイネーブラーにフォーカスすることで、成約率は大きく変わります。

イネーブラーの成功 = 営業の成功。この方程式が、30年間の私の経験から導き出した結論です。

次のステップ

イネーブラー戦略は、Sales TrekのBECQAフレームワークの「E(Enabler)」にあたる要素です。BECQAの全体像についてはBECQAフレームワーク入門をご覧ください。

イネーブラーの見極め方やBECQAフレームワークの実践的なトレーニングにご興味がある方は、BECQAトレーニングサービスのページをご確認ください。

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酒井 秀樹
酒井 秀樹
代表取締役 / B2Bセールスコンサルタント

大学卒業後、日本総研に入社。その後、SAP、Adobe、Qlik、Sitecore、Tealiumをはじめとする各分野のリーダー企業で30年以上にわたり、カントリーマネージャー、セールスディレクター等を歴任。その豊富な経験を生かし、セールストレックを創業。BECQAフレームワークを開発。

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