この記事で得られること
- 欧米型B2B営業が日本で失敗する構造的な理由がわかる
- 日本の組織で商談を動かす「イネーブラー(企画立案者)」の見極め方がわかる
- イネーブラーの成功を支援する具体的なアクションがわかる
- 欧米型と日本型を融合した実践的な営業フレームワークが手に入る
「Decision Makerを狙え」── その常識が通用しない国がある
外資系IT企業でB2B営業に携わって30年。私がキャリアを通じて最も強く感じてきたことがあります。
「欧米の営業メソッドは、そのままでは日本で通用しない」
外資系企業に入社すると、まず叩き込まれるのが「Decision Makerをターゲットにしろ」という原則です。意思決定者にリーチし、価値を伝え、クロージングする。欧米では極めて合理的なアプローチです。
しかし日本で同じことをやると、どうなるか。
部長にアポイントを取り、素晴らしいプレゼンをしても、返ってくる言葉は「検討します」。そして数週間後、「今回は見送りで」という連絡が来る。
この経験をした営業は、私だけではないはずです。
日本の組織はなぜ「意思決定者狙い」が効かないのか
欧米型組織と日本型組織の構造的な違い
欧米のB2B購買プロセスは比較的シンプルです。予算権限を持つ意思決定者が、ROIを判断し、「Yes」か「No」を下す。営業はその人物に対して価値を訴求すれば良い。
一方、日本の組織の意思決定には3つの特徴があります。
1. 稟議による合意形成
日本企業では、一人の判断で大きな予算が動くことは稀です。関連部門を巻き込んだ稟議プロセスを経て、全体の合意が形成されてはじめて意思決定に至ります。
2. 部門間調整の複雑さ
IT投資一つ取っても、情報システム部門、利用部門、経営企画、購買部門と、複数の部門が関わります。それぞれの部門が異なる視点と利害を持っており、全員の「No」を消していく作業が必要になります。
3. 根回し文化
正式な会議で決まる前に、非公式な場で関係者の理解と賛同を得ておく。この「根回し」が十分でないと、稟議は通りません。
これらの特性は弱点ではなく、日本の組織が長期的に安定した判断をするための知恵です。しかし営業にとっては、意思決定者だけをターゲットにしていては攻略できない構造であることを意味します。
意思決定者に直接アプローチするリスク
もう一つ見落とされがちなリスクがあります。日本の組織で意思決定者(部長・役員クラス)に営業が直接アプローチすると、現場の担当者が「頭越しにやられた」と感じることがあります。
結果として、本来は味方になるべき現場の推進者がモチベーションを失い、商談そのものが停滞するケースを、私は何度も見てきました。
イネーブラー戦略:日本のB2B営業を変えるアプローチ
イネーブラーとは何か
では日本の組織で、営業はどこにフォーカスすべきか。
私の答えは**「イネーブラー(企画立案者)」**です。
イネーブラーとは、顧客組織の中で次のような役割を果たす人物です。
- 社内で課題を発見し、解決に心血を注いでいる
- 組織を動かすために駆け回り、関係者の合意を取り付けている
- 自分のキャリアをかけて変革を推進している
イネーブラーは必ずしも意思決定者ではありません。課長クラス、時には主任クラスの方が、組織変革を実質的にドライブしていることも珍しくありません。
イネーブラー vs. チャンピオン
欧米の営業メソッドでは「Champion(チャンピオン)」という概念があります。社内で製品やソリューションを推してくれる人物です。
イネーブラーとチャンピオンは似ていますが、決定的な違いがあります。
チャンピオンは「この製品が良い」と社内で推してくれる存在。つまり、製品の購入が前提です。
イネーブラーは「この課題を解決したい」という動機で動いている存在。製品はあくまで手段の一つです。
この違いは非常に重要です。イネーブラーにフォーカスすることで、営業は「製品を売り込む人」から「課題解決のパートナー」にポジションが変わるからです。
イネーブラーを見極める5つのシグナル
30年の経験から、イネーブラーには共通する特徴があります。
- 課題に対する当事者意識が強い ── 「誰かがやる」ではなく「自分がやる」という姿勢
- 社内の情報に詳しい ── 組織の力学、キーパーソン、予算サイクルを把握している
- 具体的な質問をしてくる ── 他社事例、導入スケジュール、ROIの算出方法など
- 社内説得用の資料を求める ── 稟議書に添付するデータ、他社の成功事例を欲しがる
- スケジュール感を持っている ── 「いつまでに決めたい」という期限意識がある
イネーブラーの成功を支援する具体的アクション
営業の役割は、イネーブラーに「売る」ことではなく、イネーブラーが社内で成功するための全力支援です。
1. 社内承認を勝ち取る「武器」を一緒に作る
イネーブラーが稟議を通すために必要なものを、一緒に準備します。
- ROI試算: 定量的な投資対効果の計算
- 競合比較表: 他社製品との客観的な比較
- 導入事例: 同業他社の成功ストーリー
- リスク対策: 想定されるリスクと対応策
これらは営業のためではなく、イネーブラーが社内の合意を得るための資料です。
2. 論理構成を一緒に考える
日本の稟議では「なぜこれが必要か」のストーリーが重要です。イネーブラーと一緒に、経営層に響く論理構成を組み立てます。
効果的な論理構成:
現状の課題(数値で示す)→ 放置した場合のリスク → 解決策の提示 → 期待される効果 → 投資対効果
3. 根回しのルートマップを共有する
「誰に、どの順番で、何を伝えるか」を一緒に整理します。これはBECQAフレームワークの「C(Close Plan)」に当たる部分です。
4. イネーブラーの「社内での評価」を意識する
最も重要なポイントです。イネーブラーがこのプロジェクトを推進することで、社内での評価が上がるように支援する。イネーブラーの成功は、営業の成功に直結します。
まとめ
日本のB2B営業で成果を出すためのポイントは明確です。
意思決定者を狙うのではなく、組織の中で課題解決に心血を注ぐ「イネーブラー」を見極め、その人の成功を全力で支援する。
欧米型のDecision Maker戦略が間違っているわけではありません。ただし、日本の組織文化という文脈では、そのままでは機能しない。稟議、合意形成、根回しという日本独自の意思決定プロセスを理解し、その中で最も影響力を持つイネーブラーにフォーカスすることで、成約率は大きく変わります。
イネーブラーの成功 = 営業の成功。この方程式が、30年間の私の経験から導き出した結論です。
次のステップ
イネーブラー戦略は、Sales TrekのBECQAフレームワークの「E(Enabler)」にあたる要素です。BECQAの全体像についてはBECQAフレームワーク入門をご覧ください。
イネーブラーの見極め方やBECQAフレームワークの実践的なトレーニングにご興味がある方は、BECQAトレーニングサービスのページをご確認ください。




