SAPに入社して間もない頃、私は社長に怒鳴られた。
「分かってねえ」
それだけだった。言い訳のしようもなかった。Excelに数字を並べた見積書を持っていった私に、当時の社長が言い放った言葉だ。
法人営業を30年やってきた中で、あの瞬間は今もはっきり覚えている。そして、あの怒声が、私の提案書に対する考え方を根本から変えた。この記事では、その日から始まった「提案書を絵で描く」という発想と、それが後年BECQAフレームワークの設計にどうつながったか、そして評価される提案書の核心にある5つの問いについて整理する。B2Bエンタープライズ営業に携わるすべての人に読んでほしい内容だ。
「表で書くな。絵で描け」——怒鳴られた日
見積書はExcelに数字を並べればいい。そう思っていた。それが間違いだった。
日本総研から転職したばかりで、何億もの案件など扱ったこともない。そんな状態で、SAPという外資系ソフトウェア企業に入り、社長と毎週のようにお客様を訪問していた。見積書を作る場面が来て、私は当然のようにExcelを開いた。列を揃えて、数字を入れた。「これでいいだろう」と思っていた。
返ってきたのが、あの言葉だ。
「絵」が持つ力
教えられたのはシンプルなことだった。ソフトウェアは形がない。無形の資産を売っている以上、数字の羅列では価値は伝わらない。絵にして初めて、何がどのように価値を持つのかが一目でわかる。お客様が「何を判断すればいいのか」が、その絵を見れば即座にわかる。
それ以来、私が何かを表現するときには、できるだけシンプルに、そしてビジュアルに表現することを意識するようになった。担当者の理解度が格段に変わった。それは体感として、はっきりわかった。
「わかりやすい」の本当の意味
ここで注意してほしいのは、「ビジュアル化=図を使う」という表面的な話ではないということだ。核心にあるのは「相手が判断できる状態を作る」ことだ。グラフや図は手段に過ぎない。お客様の目の前に置いたとき、「これを見れば決められる」という状態になっているかどうか。それが問われている。
資料は独り歩きする——担当者がいない場所での戦い
提案書が届く先は、目の前の担当者だけではない。そこを見落とすと、案件は詰まる。
「絵で描く」という発想は、すぐに効果を実感した。ただ、後になってじわじわと気づいていったことがある。それが「資料は独り歩きする」という現実だ。
担当者の後ろにいる人たち
目の前の担当者は、私の説明を聞いている。だからわかる。問題は、その人が資料を持って社内に戻った後だ。
IT部門、法務、経理、エンドユーザー。決裁に関わる人たちは、誰も私の説明を聞いていない。資料だけを手にして、その組織の基準で評価を下す。ここで資料が「担当者向けに最適化されたもの」であれば、その瞬間に機能を失う。
「担当者がいなくても理解できる」を設計する
この認識が定着してから、私が作る提案書は変わった。
1枚1枚に説明文を添える。フォントサイズ、余白、色を整える。ビジュアル化できるところは徹底してビジュアル化する。初めて見た人がパッと見た瞬間に文脈を掴める。そういう資料を作ることが、当たり前になった。
求められるのは「担当者が理解できる」ではない。「担当者がいなくても理解できる」か、少なくとも「担当者が誰かに説明しやすい」かどうかだ。この基準で作った資料は、社内で動く。基準を満たさない資料は、担当者の机の上で止まる。
評価される提案書の核心にある5つの問い
枚数が多ければいいわけではない。情報量が多ければいいわけでもない。
世の中の提案書の多くは、文字と表が詰まっていて、枚数が多い。だが、評価される提案書の核心はシンプルだ。私はそれを5つに絞っている。
提案書を構成する5つの問い
| # | 問い | 意味するもの |
|---|---|---|
| 1 | 何の問題を解決するのか | 課題の定義と共有 |
| 2 | どんな方法で解決するのか | ソリューションの説明 |
| 3 | どんな効果が得られるのか | 導入後の価値・ROI |
| 4 | 誰がやるのか | 体制・責任の明確化 |
| 5 | どんなスケジュールで、いくらかかるのか | 実行計画とコスト |
補足資料はいくらでも付けていい。ただ、この5点が明確に、シンプルに、視覚的に伝わっているかどうかが先決だ。核心が曖昧なまま補足資料だけが増えても、提案書としての力は出ない。
(この5つの問いを、顧客社内の各関係者の疑問に答える実務の構成に落とし込んだものが、以前の記事で触れた「提案書の10の要素」だ。10要素の全体は連載で改めて扱う)
「核心」と「補足」の役割分担
この5つは、決裁者が判断するための最小単位だと思っている。詳細な技術仕様、競合との比較、導入事例——こうした情報はすべて「補足」の領域に入る。核心部分でシンプルに判断軸を示し、補足資料で疑問に答える。この構造が成立していない提案書は、読む側に判断を強いる。
B2Bエンタープライズの意思決定者は忙しい。資料を開いた最初の数分で「これは何のための提案か」「自分に何を求めているか」がわからなければ、後半の丁寧な説明は読まれない可能性が高い。
BECQAに息づく「怒声」のエッセンス
あの日の怒声は、30年後に私が設計したフレームワークの中に生きている。
後年、私はBECQAというB2Bエンタープライズセールスのフレームワークを設計した。営業プロセスを体系化したものだが、振り返ると、あのとき言われた「絵で描け」というエッセンスがそこかしこに入っている。
フレームワーク自体が「提案書の原則」で設計されている
BECQAのトレーニング資料を作るときも、提案書を評価するフレームを組むときも、「わかりやすく」「ビジュアルに」「独り歩きできるように」という原則から外れたことがない。
フレームワークは、習得する側が「これを誰かに説明できるか」という基準で設計する必要がある。BECQAのトレーニングでは、この提案書設計の考え方を「意思決定を支援する効果的な提案」の実践コースで扱っている。シンプルで視覚的にわかりやすい表現が顧客社内でそのまま使われ、意思決定を支援する——資料の構造と視覚的な明快さが提案の説得力に直結するという考え方は、BECQAの提案フェーズの核に据えている。
一人の社長の怒声が、30年分の仕事の下地になった
「分かってねえ」と言われた日から、私は提案書に向き合い続けた。試行錯誤しながら、資料を独り歩きさせる技術を磨いた。そのプロセスの積み重ねが、BECQAというフレームワークに収斂していった。
起点は一瞬の怒声だったが、そこから学んだことは今も更新されている。
提案書を作る前に問う一つの問い
「これは、私がいない場所で、誰かの背中を押せるか?」
資料を作り終えたとき、私はいまもこの問いを自分に向ける。担当者の手元を離れた後、その資料がどう機能するか。IT部門が見たとき、経理が見たとき、エンドユーザーが見たとき——それぞれの場面で「この提案の意味」が伝わるか。
「Yes」と言えない部分が残っていれば、また手を動かす。それだけだ。
次の提案書までの持ち帰り
- 「5つの核心」が1枚で見渡せるサマリーページを作る
- 数字の羅列を、図や構造図に置き換えられないか検討する
- 完成した資料を「担当者がいないつもりで」一度通して読み直す
よくある質問
Q. 提案書はどれくらいのページ数が適切ですか?
A. ページ数に正解はない。5つの核心(問題・方法・効果・体制・スケジュールとコスト)が視覚的に明快なら、1〜2枚のサマリーでも判断材料として機能する。補足資料は別添にして、メインはシンプルに保つことを勧める。
Q. 「絵で描く」とは具体的にどういうことですか?
A. グラフや図を使えばいいという話ではない。「お客様が何を判断すればいいか」が一目でわかる構造になっているかどうかだ。現状と課題の関係、ソリューションの全体像、導入後の姿——受け取った側が「見てわかる」状態を作ることが目的だ。
Q. 担当者が「社内で説明しやすい」資料にするには何が必要ですか?
A. 担当者が社内でそのままプレゼンできる構成にしておくことだ。課題→ソリューション→効果→体制→コストの流れがページの順番として成立していれば、担当者は「この順番で話せばいい」と判断できる。専門用語に平易な補足を添えれば、法務・経理・経営層への説明もスムーズになる。
Q. ビジュアル化で特に効果が高い箇所はどこですか?
A. 「現状の問題と解決後の姿の対比」と「スケジュールとマイルストーン」の2箇所だ。意思決定者は「今どんな問題があって、いつまでに何が変わるのか」を即座に把握したい。ここを図で示せると、その後の議論の質が上がる。
Q. 情報が多い場合、どう整理すればいいですか?
A. 「核心」と「補足」を分けることだ。5つの核心をメイン資料に収め、仕様・事例・技術資料は別添へ。メインは「読む時間が5分しかない人でも判断できる」密度に保つ。厚みが足りなければ補足を充実させればいい。逆はできない。
「独り歩きする提案書」をチームの型にしたい方へ
提案書設計を含む提案フェーズの実践は、BECQAトレーニングのコース一覧(意思決定を支援する効果的な提案コース)をご覧ください。まず自社の営業の現在地を知りたい方は無料の営業力診断から。
(この連載では今後、提案書の10の要素/クローズプラン=共有スケジュールの作り方/セールスステージの設計、などを順に書いていく)
この記事は Voible で執筆しました。



